壁面の化学的効果
壁面近くの火炎は壁の影響を強く受け、特に小型の燃焼器では、燃焼特性が著しく悪化します。これを壁面の消炎効果とよび、壁への熱損失による熱的効果と、壁表面での活性化学種(ラジカル)の表面反応(吸着・再結合反応)に起因する化学的効果が存在します。壁面の化学的効果に関しては、イリノイ大学のグループにより、壁面の材質に依って消炎距離(火炎を平板で挟んだ時に火炎が消えてしまう最小平板間距離)が大きく変化することが示され、その重要性が指摘されましたが、壁面近傍における火炎構造の定量的な情報は乏しく、その詳細な消炎メカニズムは未解明のままにされてきました。本テーマでは、プラズマなどを活用した独自のラジカル表面反応評価手法を駆使して,化学的効果を解明・モデリングすることを目的としています。
・MEMS技術とレーザー計測技術の融合による壁面の化学的効果の解明とモデリング
ここでは、MEMSプロセスで多用される薄膜技術と、レーザー計測を組み合わせることで様々な材質における化学的効果の解明とモデリングを試みました。図1は、実験装置の模式図です。薄膜を表面に持つ2枚の石英板を数mm間隔で平行に配置し、ポーラスバーナーを用いてメタン・空気平面予混合火炎を石英板間に形成しています。薄膜の材料には、燃焼機器や燃焼実験でよく用いられるInconel600、SUS321およびアルミナを選択しました。薄膜の厚さは約100 nmと極めて薄いため、熱伝導率が異なる材質であっても、熱的境界条件は等価とみなせるよう工夫を施しています。壁面近傍の火炎構造は,平面レーザー誘起蛍光法(PLIF)により得られるOHラジカル濃度で評価しました。図2は結果の一例で、y = 0 mmが壁の位置に相当します。壁温が低い873 Kの条件では、材質によるOH分布の変化は小さく、熱的効果が支配的です。これに対し、1273 Kの条件では、熱的効果が抑制され、化学的効果が発現し、石英壁面に対して、Inconel600およびSUS321壁面上でOHが減少する様子が分かります。数値計算により得られるOH分布との比較から、アルミナ、石英、Inconel600/SUS321におけるラジカルの吸着係数が、それぞれ、0(不活性)、0.01、0.1のオーダーであることを世界で初めて明らかにしました。この他に、Hラジカルの計測や表面粗さが与える影響の検討も行っています。
図1 薄膜を有する石英基板と顕微PLIF装置からなるマイクロ燃焼テストベンチ
図2 異なる壁面近傍のOHラジカル分布
・大気圧非平衡プラズマジェットを用いた壁面の化学的効果の調査
壁面における化学的効果の表面反応モデルの構築には、燃焼反応で生じる様々なラジカルの表面反応を評価することが必要ですが、従来の燃焼計測では定量化が可能なラジカルが限られてしまいます。そこで,医療分野でのラジカル処理技術として注目されている大気圧非平衡プラズマジェットを活用することで、ラジカルのオンデマンド生成を行い、薄膜を蒸着した壁面に照射することで表面反応を評価する手法を考案しました。
2つの銅電極を備えた石英円管に、準安定励起準位を持つキャリアガスを流し、銅電極間に高電圧パルスを印加することで、管出口から自由空間に吹き出すジェット状の非平衡プラズマを発生できます。前項の薄膜を蒸着した黒色石英壁面に対し照射することで、薄膜材料や壁温などをパラメータとしたラジカルの反応の様子を、ICCDカメラを用いた画像計測により評価します.
現在までに,水蒸気のプラズマ分解によりH および OH ラジカルの生成を行い、石英・アルミナ・マグネシア壁面に照射を行った結果、マグネシアが最も不活性であることを明らかにし、コーディエライトの消炎距離が顕著に小さくなるのは、マグネシアの寄与が大きい可能性を示しました。また、窒素ラジカルを生成し、石英・アルミナ壁面に照射を行った結果、石英がNラジカルに対し有為な化学的効果を有することを明らかにしています。
図3 プラズマジェットの壁面照射試験
図4 プラズマジェット実験装置の全体図
図5 プラズマジェットからのN発光分布
図6 異なる材質の壁面近傍のN発光分布
・壁面近接火炎を用いた壁面の化学的効果の調査
壁面における化学的効果は吸着反応と再結合反応に分けられます。ここでは、化学的効果において最も重要なHラジカルの再結合反応に着目して研究を進めています。
図7に、実験装置の模式図を示します。壁面ホルダーに薄膜を蒸着した石英基板を固定し、同軸バーナーからメタン空気予混合気を噴出することで、火炎が定常的に干渉することで知られる壁面よどみ火炎を形成します。そして、マイクロガスクロマトグラフシステムを用いて壁近傍のH2濃度を測定し、数値解析の結果と比較することで再結合反応の評価を行っています。図8は、ICCDカメラおよび数値解析により取得した火炎形状の比較で、良い一致を示していることが分かります。なお,当量比は1.02とすることで、Hラジカルのみが壁面近傍に多く存在するようにし(図9)、再結合反応の評価を行いやすくなるよう工夫しました。図10は、石英・アルミナ・マグネシア壁面における異なる壁温での壁近傍のH2濃度の測定結果です。石英は壁温の上昇に伴って再結合反応速度が大きくなり、アルミナは不活性に近いことが分かりました。また、マグネシアは壁温の上昇に伴ってH2濃度が減少するという特異な結果となり、現在、各壁面における再結合反応のモデリングを進めています。
図7 壁面よどみ火炎実験装置の模式図
図8 ICCDカメラにより取得した火炎形状(CH*自発光)と数値解析により得た発熱速度分布の比較
図9 H, O, OH, CH3ラジカルの壁垂直方向濃度分布
図10 石英・アルミナ・マグネシア壁面近傍における各壁温でのH2濃度分布